平田 圭吾のページ

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『ソーシャルメディア炎上事件簿』(日経BP社)を読んで

本の内容

題名通りの本だった。
内容としては、30件の「炎上事件」を固有名詞も出して紹介してある。また、炎上に関して、ある程度の分析も書かれている。
炎上についてまとめた本は意外と少なく、そういった意味では貴重で価値あるものと思う。

ただ、問題点として、日経「デジタル」マーケティング内だけで編集などが行われているせいか、SNSなどを「既に使っている人」しか内容が分からない点がある。
つまり、詳しい説明がないために、ネットを頻繁に使っている人しか、事件の内容をしっかりと把握できないのではないかと思われるのだ。今の時代、ほとんどの人がネットを利用しているとはいえ、せっかく本にまとめたのだから、ネットに疎い層にも分かるような丁寧な記述やネット用語の説明があれば、もう少しいい本になったと思う。減点ではないけど、ネットに疎い人にも一度読んでもらって、意見を聞いていたら良かったのにと思う。ちなみに、そこそこネットを利用している私でも、事件の経緯がイマイチ分からない部分があった。

 

炎上の舞台・ソーシャルメディアとは

次に、この本の題名にもなっている「ソーシャルメディア」とは、現在、主に「SNSソーシャルネットワークサービス」と言われているものである。
代表的なサービスとしては、ツイッターフェイスブックミクシィ・インスタグラムがある。SNSとは少し違うのかもしれないけど、ユーチューブや、ニコニコ動画、ブログなども、個人がネットに発言などを公開して、オープンに反応が得られるという点で広義のSNSということになるだろう。さらに、2ちゃんねるといった完全匿名の掲示板も、さらに広義のSNSなのかもしれない。
詳しくは流石にここでは説明できないので、それらのサービスを利用して体験していただければと思う。

 

炎上とは

また、炎上とは、これも定義が難しいのだけど、上に示したようなサービスで、ある同一の話題が、頻繁に、また同時多発的に、批判的な意見を添えて取り沙汰されること、ということになろうか。主にネット上で時の人、時の話題となるのだけど、悪いイメージがあまりにも強くつきすぎて、企業ならば売上が落ち込み、個人ならば身元バレして日常生活にも悪い支障が出るほどとなる。
最近だと、「おでんツンツン男」が炎上のいい例ではないかと思う。もちろん、この本を読むことでも、炎上がどういった現象か、ということはイヤというほど分かる。

 

炎上に関する対策など

こういったわけで、炎上すると基本的には損害のほうが大きくなるわけで、誰でも、自分の発言は炎上してほしくないと思うだろう。

 

炎上商法は下策

確かに、中には、炎上商法とかを狙う人もいる。というのも、話題がとにかく勝手に大きくなるから、タダで宣伝できるのだ。とはいえ、一度炎上すると、炎上をコントロールするのは不可能で、身元がバレるのも時間の問題である上に、主に悪いイメージが先行するのだから、基本的には得策ではない。炎上商法は、まさに、超ド級のハイリスクなのに、そこそこのハイリターンしかない賭けであると言える。ゼロどころかマイナスになる可能性もあるので、炎上商法は狙わないに越したことはない。

 

炎上しそうなことはしない

このように話を進めると、「どうしたら自分が炎上から逃れられるのか」と多くの方が思われるものと思う。
この本では主に、企業目線からこの対策について書かれているのだけど、まず一番重要なこととして、「炎上しそうな発言はしない」ということがある。そこで、炎上しそうな発言とは、1.口汚い言葉・不謹慎な言葉、2.イデオロギーに関する話題、3.上から目線な発言、4.犯罪自慢・犯罪者擁護、5.価値観の否定や押しつけ、6.なりすまし発言、7.隠蔽工作に関わること、などがある。

 

炎上は事故

とはいえ、この本に書かれた炎上事例を見ていても、正直なところ「炎上は事故」としか言いようがない部分がある。つまり、かなり慎重に車の運転をしていても、どんな偶発的なことが起きて事故にあってしまうか分からないように、また、地震がいつ来るか分からないように、「炎上」もネットを利用している以上は「いつあってもおかしくない」のである。

 

問題発言の削除と速やかな謝罪

「じゃあどうすればいいの」ということになるが、万が一、この炎上という事故にあってしまった場合は、すぐに「炎上の原因となった発言や動画を削除すること」である。そうすれば、それ以上話題が大きくなることを多少食い止めることができる。個人の場合は、この対応だけである程度の鎮火が期待できる。
企業の場合は、さらに、ここですぐに「謝罪しなければならない」。また、この時の注意事項として、「謝罪と言い訳をセットにしないこと」が重要である。言い訳したい気持ちはあるだろうが、とりあえずは、反省して問題に向き合っていることだけをアピールしなければならない。ここで言い訳をすると、余計に炎上することとなる。

炎上の事例をいくつか見て、炎上の怖さや、炎上がどういったものかということがよくわかった。
けれど、実は、この本が2011年出版で、目まぐるしく状況が変わる現在のネット環境において、既に古い情報の部類に入る。ということで、2015年に出版された「ネット炎上対策の教科書」(リンククッリクでその記事へ)というのも借りてあるので、続いてこれも読んでみようと思う。

 

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『ルポ トランプ王国−もう一つのアメリカを行く』 (岩波新書) を読んで

本の内容

いい本だった。

内容としては、タイトルの通りで、トランプ支持者への地道な取材をまとめたもの。トランプを支持した人の気持が克明につづられており、大変興味深く面白い内容だった。

 

時期や期間

取材の期間は、2015年11月で、大統領選が2016年の11月なので、約一年間の取材の記録の集大成というこになる。
ちなみに、今調べてみたところ、2016年5月に共和党の別の候補が、大統領選から撤退を決めたことにより、トランプ氏が共和党の正式な候補となった。なので、党内選挙は行われていない。
この時の有権者の反応についてはあまり本書に書かれていなかったが、トランプ氏が立候補を表明した2015年6月から、共和党内の支持率は1位だったようで、共和党の正式候補になることは、ほぼ確実視されていたようだ。

 

主な取材地

また、主な取材地は、アメリカでラストベルト(錆びついた鉄の一帯)と呼ばれる地域である。
取材の地域に共通することは、少なくとも都市部ではない、かつては工業地帯として栄えていた、労働組合の関係でトランプ登場までは民主党支持者がほとんどであることがある。
大統領選では、この地域での得票がトランプ氏の当選につながった。

 

日本とアメリカの違い

本を読んだ上での感想や分析を書く上で、日本とアメリカとの違いを述べなければなるまい。この違いを述べることで、いろいろな疑問も解けてくる。

 

アメリカは広い

まず一つ目が、アメリカが広大であることだ。これは地図を見れば一目瞭然であるけれど、実際の影響はかなりすごい。というのも、恐らく我々日本人の知りうるアメリカの情報や印象は、実のところ、ワシントン・ニューヨーク・ロサンゼルといった都市部のものがほとんどであるようなのだ。また、地域間格差も日本のそれとは桁違いである。この証拠として、我々日本人は、トランプの支持者が本当にいるのか?と疑問に思うような報道しか目にしなかった。しかし、この本を読むことで、これが誤解だったことがよく分かる。

 

偉大なアメリカは二昔前

次に二つ目が、偉大なアメリカとは1950~70年頃のことであることだ。日本が一番良い時代だったのは、恐らく1980年以降のバブル崩壊までごろだから、だいぶ年代が違う。だから、トランプ氏が言う偉大なアメリカ、アメリカファーストとは、この時代のことであり、現在の現役世代の知らない時代である。こういったフレーズがトランプ氏から出ることと、彼の生年が1946年であることは、かなり関係が深いだろう。

 

アメリカンドリームへの誤解

最後三つ目、アメリカンドリームとは、億万長者になることではなく、誰でも一生懸命に働けば、家を買って、毎年バカンス(家族旅行)に出かけ、老後も安心して暮らすことであった。だから、出自に関わらず、現代日本で言う所の普通の暮らしができれば、これはアメリカンドリームの実現なのである。また、このアメリカンドリームを実現したのが、いわゆるミドルクラスであり、日本で言う所の中間層である。

 

まとめ

それで、今回トランプ氏が大統領選で勝利した理由は、上に挙げた三つのことにあるのだ。

つまり、日本人の目に入らない田舎で、偉大なアメリカを懐かしみ、ミドルクラスからの転落を恐れた人々が、トランプ氏に投票したし、彼らがトランプ氏の熱狂的な支持者であったのだ。
取材に応じたトランプ支持者の人の身の上もかなり同情するものが多い。自分の町で新車を買えない人、仕事を三つ掛け持ちしても暮らしが楽にならない人、兄弟が麻薬中毒で死んでしまった人、仕事が見つからず都市部に出ていく若者の後ろ姿を見送るだけの人、約束していたはずの仕事が急になくなって家や土地を手放した人、給料は減る一方で増える期待がない人、など、そこには、哀愁・悲哀・郷愁・不満・不安がいつも見える。

それで、私が読んでいて思ったことは、これは日本と同じだ、あるいは、日本の未来だ、ということだ。決して他人事ではない。日本では表面化していないけれど、いずれ「ミドルクラスの転落」とそれに対する社会不安は、日本でも近いうちに表面化するだろう。

 

ルポ トランプ王国を入手してアメリカの実情をしっかり知る

 

また、他の詳しい分析は、前にも一度記事にしたので、興味のある方は読んでいただければと思う。ここに書いた分析と、この分析を合わせれば、トランプ大統領当選についてのことは、ほぼ網羅できるものと思う。

d.hatena.ne.jp

 

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『世襲格差社会 - 機会は不平等なのか』 (中公新書) を読んで

本の概要

まあ、普通の本だった。

トマ・ピケティの格差論(もっともこれは、主に資産相続によってもたらされる格差に関する理論のことなのだけど)に影響を受けた著者の方が、世襲に着目して格差を検証するという本だった。

 

相続と世襲の違い

このように書くと、資産相続と世襲はどう違うのか?と思われるだろう。そこでまず、資産相続とは、例えば、一億円の株を親子間で相続することであり、不動産の所有権や、金塊などを親から引き継ぐことである。これに対して、世襲とは、職業、つまりやっている仕事それ自体を親から引き継ぐことである。

 

これを簡単に具体的な話にすると、例えば、会社の所有権は株主にある。
この上で、創業者がオーナー社長を勤めていて、この株だけを子供に引き継いだ場合は資産相続ということになる。まあ、子供は株の配当金で遊んで暮らすことになるだろう。
この一方で、株は上場することにして、広く市場で売却し、社長という経営権だけを創業者の子が引き継いだ場合、これは職業世襲ということになる。子供は、雇われ社長ということになり、株主に監視されながら社長としてそれなりに働くことになるだろう。
最後に、両方が子に引き継がれたのならば、資産相続があり、職業世襲もあったということになる。この場合は、世間知らずのボンボンが配当金で贅沢をしながら、会社をワンマン経営するという最悪のパターンになりやすい。
この例で分かるように、資産相続と職業世襲は、親から子に引き継がれるという点では同じだけど、社会に与える影響や、その実態は似て非なるものだ。

 

本の内容

この違いを踏まえた上で、この本では、職業世襲が格差にどれほどの影響を与えているのかということを、主にデータ解析から読み解いている。

書かれている内容としては、それほど難しくはないのだけど、時折出てくる図表を読むには、ある程度の統計学の知識が必要であろうと思われる。ちなみに、この本では、統計に関する説明は一切なく、図表の縦軸の単位の説明はあっても、横軸の単位の説明が一切ないという非常にイライラする著述法が取られている部分があった。読者に対して親切とは言えないし、データに対する不信感を煽ってしまう編集設計と言える。

まあ、これに関しては適当に流し読みする人や、知ったつもりになりたい程度の読者ならば気にならないだろう。というか、むしろ、最近の新書ではこういった編集方法や著述方法が主流で、編集や著者の質の低下というよりは、読む人の質の低下が問題なのかもしれない。

 

第一章 二極化する世襲

低所得帯に位置する「宗教関係(寺院・神社)・農業」と、高所得帯に位置する医者で、世襲が多くなっていることが明らかとされる。

 

第二章 世襲の歴史的背景

日本では歴史的に、どのように世襲が行われてきたかということが、主に江戸~現在について詳しく語られる。

 

第三章 継がれなくなりつつある仕事

農業は全体から見た時の世襲率としては高いのだけど、廃業したり兼業農家に転向する人が多いため、世襲の件数自体は少なくなっていること、また、同様の理由で小売業(近所の八百屋的存在)も継がれることがなくなっていることが語られる。

 

第四章 親から子に継がせようとする仕事

これで一番多いのは、医者である。なんと世襲率は56%とかなり高い数字であり、医学部を卒業するには相当な学費が必要となることがこの理由であろうとのことで、実にその通りであろうと思った。隠れ世襲が高い職業に、研究職(世襲率10%)があるのだが、これは意外だった。

 

第五章 継ぐか継がないかを分かつもの

恐らくここが、この本の一番の見所で、かなり当たり前のことなのだけど、継ぐか継がないかを分かつものは、儲かりそうなのか儲かりそうでないのかというこの一点であるとのことである。だから、前途洋々で儲かりそうならば親は子供に仕事を継がせようとするし、子供も喜んで親の仕事を継ぐ。あまりに当たり前のことだけど、盲点と言えば盲点のことであった。

 

第六章 世襲の功罪

自営業自体が減って世襲がなくなったことで、気軽に働きに出れるような近隣ネットワークがなくなり、失業者・NEET・SNEPが増えたとしている。こういった面からすると、世襲にはメリットがある。その一方で、言うまでもないけど、政治家の世襲はデメリットが多いのではないかということが述べられている。また世襲のメリットとして、歌舞伎などは、世襲だからこそ大胆な改革がやりやすいとあり、確かにそうだろうと思った。

 

終章 機会の平等を考える

機会の平等と世襲の関係について著者が意見を述べるのだが、機会均等で「運」が大きな障壁と成る部分に、相続税所得税をかけるような税制を考えるのが良いだろうとのことであった。

 

個人的な世襲に関する結論

いつもの結論だけど、世襲には一長一短があり、これも使う人次第なのだ。親が欲目だけで世襲をすれば、アホなのに権力をもってしまった二代目三代目がやってはならないことをやって、多くの損害を出してしまう。かと言って、世襲は悪だとして、能力のある二代目三代目が無闇に追い出されれば、近隣ネットワークがなくなるし、カリスマのない人が善い改革をし損ねて、かなりの利益が失われる可能性も出てくる。

世襲も、乱君有りて乱国無く、治人有りて治法無し。(荀子より)なのだ。

 

世襲格差社会 - 機会は不平等なのか を入手して世襲の実態を詳しく知る

 

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