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平田 圭吾のページ

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そもそも魏武帝注孫子ってどんな本? 魏武帝注孫子翻訳に当たって4

もっと早く記事にしていれば良かったのですが、今回は、武帝孫子がどんな本かについて説明します。

魏武帝註 孫子: 兵法武経七書 Kindle版 

魏武帝註 孫子 - Google Play の書籍

 

そもそも、あの有名な兵法書孫子』は、紀元前535年に生まれたとされている、孫武という人の著作とされています。つまり、今から2500年も前にできたとされている本です。

 

ここで、「されている」と微妙な表現ばかりするのは、実際の所、「それが本当かどうか分からない」からです。

 

これがどういったことかというと、あなたが、毎日、夕飯に何を食べたか記録していたとしましょう。それで、「一年前の同じ日の夕食はなんだったか」調べてみようと思ったとします。あなたが、しっかりデータを管理していれば、正しい情報も得られるでしょう。

 

しかし、あなたの家族も同じようなことをしていた時、あなたは、「あなたのデータ」と「あなたの家族のデータ」を取り違えてしまったり、あなた自身がそもそもデータの記録を間違えている可能性もあるのではないでしょうか。

 

CDやパソコンといった便利なものが揃っている現代でも、記録しているのに一年前のことが正確に分からなくなる可能性があるのです。

 

ならば、二千五百年以上も前のことは、正確には分からないのが当たり前ということも分かっていただけると思います。(関連記事↓)

本当に曹操が書いたの? 魏武帝注孫子翻訳に当たって2 - 平田 圭吾のページ

 

 

ところで、曹操(魏武帝)が生きていたのは、西暦155~220年です。(正確には~とされています。ですが、以下は、です。とします。)ならば、曹操孫子を読んでいた時には、すでに『孫子』は500年以上前にできた書物だったということになります。

 

500年も経っていたのですから、内容が変わっていたり、そもそも言葉が変わっていたかもしれないこと(日本語にも古語がありますね)は当然のことです。それに加えて、『孫子』は、そもそも非常に難しい書物なのです。

 

だから、孫子を読むことに当たっては、「言葉が違っているという壁」、「内容の難しさの壁」、「内容が間違って伝わっているかもしれないという壁」、という三つの壁が常につきまとっていたわけです。

 

そこで、この三つの壁を取り払うため、曹操が『孫子』に注釈を入れたのです。これが『魏武帝孫子』であるのです。

 

このようなわけで、『魏武帝孫子』は、基本的に、『孫子』の本文に、時々曹操が解説文や言葉の意味の説明を入れるという形で書かれています。(もしかしたら、曹操が当時の『孫子』でいらないと思った文を削ったり、間違っていると思ったところを書き換えている可能性はあります。)

 

つまり、『魏武帝孫子』を読むということは、曹操から『孫子』の読み方を教えてもらう、ということに等しいのです。

 

とはいえ、さっきの三つの壁は、曹操が生きた時代から、さらにほぼ二千年以上経ったことによって、もう一回できてしまいました。この壁をもう一度取り払おうというのが私のやっていることになります。(色々な事情により、私の翻訳ができるのは、まだ一ヶ月以上かかりそうです。私のこの記事が分かりやすいと思った方は、私の他の翻訳を読みながらお待ちください)

 

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