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曹操の得意な戦術とは? 魏武亭注孫子翻訳に当たって5

今回は、曹操の注から読み取れる曹操の戦術について考えてみます。

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孫子の兵勢第五には、「其の勢は険にして、其の節は短し。」とあります。『孫子』を読んだことがある方は、ご存知と思いますが、この直後には、「勢とは弩(ど)を彍(ひ)くが如(ごと)く、節は機を発するが如し。」とあります。

 

この部分を翻訳しますと、「勢(せい)、つまり戦場を席巻する情勢とは険(けわ)しいものであり、節、つまりその険しさが解き放たれる時節自体は短いのだ。勢とは弩(弓のような武器)を引き絞るようなものであり、節とは機(弩の引き金の機構)を操作して発射するようなものだ。」ということになります。

 

みなさんは、素直にこの部分の言葉を解釈して、この情景をイメージしてください。グーーーーッと、弩の弦が引っ張られて、弦をつないでいる木がしなり、弩から発射される弾が、発射されるのは今か今かとブルブル震えている様子が思い浮かぶでしょう。引き絞ったら引き絞っただけ、弾の威力は増すのです。

 

私も、この部分は何度も読んだことがありますが、今説明しましたような情景を思い浮かべておりました。当たり前のことです。そうゆう機構のものは、溜めたら溜めただけ威力が強く、その勢いは険しくなるのですから。

 

ですが、私がそう思っていたのも、曹操の注を読むまでは、という話だったのです。

 

というのも、曹操はここに、な、なんと、【険は疾なり。】【短は近なり。】という注釈を入れているのです。もうこれは、戦上手で常識に囚われない曹操ならではの考え方としか言いようがありません。

 

「疾」とは「疾風」という言葉もあるように、「はやい」という意味です。近は今の語法とほぼ同じですが、「時間が近い」「距離が近い」という2つの意味です。

 

このように考えてみれば、もう皆さんもお分かりですよね。

 

曹操の得意な戦術、他の人に真似できなかった戦術は、「近距離からの波状攻撃」で間違いないのです。

 

弩の威力を強くするためには、当然に時間をかけてでも弦を引き絞る必要性があります。だから険しいという表現がされています。けれど、曹操は「違う、時間をかける必要などない、疾く最大の威力を出すのだ。」と我々のイメージを覆し、さらに「弾が当たらないのは、何もかも遠いからだ。近距離から時間間隔を近くして的確に弾を当てるのだ。」と解説しているのです。

 

弓のような武器を、引き絞る時間を疾くして、しかも険しい(すさまじい)勢いで射つこと。これは誰にでもできることでしょうか?

自分の近距離に敵対する者を据えて、しかも連続的に攻撃をしかけること。これは誰にでもできることでしょうか?

 

そんなことができたのも、そんなことを思いつくのも、曹操だからこそのことではないのでしょうか?ましてやこれを数千~数万という大規模な戦いでやっていたのです。

 

曹操この他にも「疾」という字を好んで使っております。それは皆さん自身が読んで確認していただきたく思います。

 

また、孫子』自体を読みたい方にとってもこの注釈がいかに有用なものか分かっていただけたと思います。つまり、『魏武帝孫子』は、曹操の考えを知れるだけでなく、既に『孫子』を読んだ人でも十分に読む価値のある書物なのです。

 

私のこの解説が面白い、翻訳が分かりやすいと思っていただいた方は、是非とも、私の他の翻訳も読んでいただきたく思います。本や内容は同じでも、翻訳は違うのです。相性の良い翻訳者を選ぶことも本を読むためのコツなのです。

 

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(一応、書いておきますが、弩はその機構上、弓のようにキリキリと力を溜めるものではなかったようです。というのも、引き金と弦の位置関係は固定した武器であるからです。中には弓のようにキリキリするものもあったでしょうが、テコの原理などでガツッと引き金の所まで弦を引っ掛けるのが主流だったようです。この記事では、曹操の考えが分かりやすいように、また際立つように、上のような書き方をしました。)

 

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