平田 圭吾のページ

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『世襲格差社会 - 機会は不平等なのか』 (中公新書) を読んで

本の概要

まあ、普通の本だった。

トマ・ピケティの格差論(もっともこれは、主に資産相続によってもたらされる格差に関する理論のことなのだけど)に影響を受けた著者の方が、世襲に着目して格差を検証するという本だった。

 

相続と世襲の違い

このように書くと、資産相続と世襲はどう違うのか?と思われるだろう。そこでまず、資産相続とは、例えば、一億円の株を親子間で相続することであり、不動産の所有権や、金塊などを親から引き継ぐことである。これに対して、世襲とは、職業、つまりやっている仕事それ自体を親から引き継ぐことである。

 

これを簡単に具体的な話にすると、例えば、会社の所有権は株主にある。
この上で、創業者がオーナー社長を勤めていて、この株だけを子供に引き継いだ場合は資産相続ということになる。まあ、子供は株の配当金で遊んで暮らすことになるだろう。
この一方で、株は上場することにして、広く市場で売却し、社長という経営権だけを創業者の子が引き継いだ場合、これは職業世襲ということになる。子供は、雇われ社長ということになり、株主に監視されながら社長としてそれなりに働くことになるだろう。
最後に、両方が子に引き継がれたのならば、資産相続があり、職業世襲もあったということになる。この場合は、世間知らずのボンボンが配当金で贅沢をしながら、会社をワンマン経営するという最悪のパターンになりやすい。
この例で分かるように、資産相続と職業世襲は、親から子に引き継がれるという点では同じだけど、社会に与える影響や、その実態は似て非なるものだ。

 

本の内容

この違いを踏まえた上で、この本では、職業世襲が格差にどれほどの影響を与えているのかということを、主にデータ解析から読み解いている。

書かれている内容としては、それほど難しくはないのだけど、時折出てくる図表を読むには、ある程度の統計学の知識が必要であろうと思われる。ちなみに、この本では、統計に関する説明は一切なく、図表の縦軸の単位の説明はあっても、横軸の単位の説明が一切ないという非常にイライラする著述法が取られている部分があった。読者に対して親切とは言えないし、データに対する不信感を煽ってしまう編集設計と言える。

まあ、これに関しては適当に流し読みする人や、知ったつもりになりたい程度の読者ならば気にならないだろう。というか、むしろ、最近の新書ではこういった編集方法や著述方法が主流で、編集や著者の質の低下というよりは、読む人の質の低下が問題なのかもしれない。

 

第一章 二極化する世襲

低所得帯に位置する「宗教関係(寺院・神社)・農業」と、高所得帯に位置する医者で、世襲が多くなっていることが明らかとされる。

 

第二章 世襲の歴史的背景

日本では歴史的に、どのように世襲が行われてきたかということが、主に江戸~現在について詳しく語られる。

 

第三章 継がれなくなりつつある仕事

農業は全体から見た時の世襲率としては高いのだけど、廃業したり兼業農家に転向する人が多いため、世襲の件数自体は少なくなっていること、また、同様の理由で小売業(近所の八百屋的存在)も継がれることがなくなっていることが語られる。

 

第四章 親から子に継がせようとする仕事

これで一番多いのは、医者である。なんと世襲率は56%とかなり高い数字であり、医学部を卒業するには相当な学費が必要となることがこの理由であろうとのことで、実にその通りであろうと思った。隠れ世襲が高い職業に、研究職(世襲率10%)があるのだが、これは意外だった。

 

第五章 継ぐか継がないかを分かつもの

恐らくここが、この本の一番の見所で、かなり当たり前のことなのだけど、継ぐか継がないかを分かつものは、儲かりそうなのか儲かりそうでないのかというこの一点であるとのことである。だから、前途洋々で儲かりそうならば親は子供に仕事を継がせようとするし、子供も喜んで親の仕事を継ぐ。あまりに当たり前のことだけど、盲点と言えば盲点のことであった。

 

第六章 世襲の功罪

自営業自体が減って世襲がなくなったことで、気軽に働きに出れるような近隣ネットワークがなくなり、失業者・NEET・SNEPが増えたとしている。こういった面からすると、世襲にはメリットがある。その一方で、言うまでもないけど、政治家の世襲はデメリットが多いのではないかということが述べられている。また世襲のメリットとして、歌舞伎などは、世襲だからこそ大胆な改革がやりやすいとあり、確かにそうだろうと思った。

 

終章 機会の平等を考える

機会の平等と世襲の関係について著者が意見を述べるのだが、機会均等で「運」が大きな障壁と成る部分に、相続税所得税をかけるような税制を考えるのが良いだろうとのことであった。

 

個人的な世襲に関する結論

いつもの結論だけど、世襲には一長一短があり、これも使う人次第なのだ。親が欲目だけで世襲をすれば、アホなのに権力をもってしまった二代目三代目がやってはならないことをやって、多くの損害を出してしまう。かと言って、世襲は悪だとして、能力のある二代目三代目が無闇に追い出されれば、近隣ネットワークがなくなるし、カリスマのない人が善い改革をし損ねて、かなりの利益が失われる可能性も出てくる。

世襲も、乱君有りて乱国無く、治人有りて治法無し。(荀子より)なのだ。

 

世襲格差社会 - 機会は不平等なのか を入手して世襲の実態を詳しく知る

 

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