平田 圭吾のページ

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『中庸 現代語訳』の紹介

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中庸 現代語訳の概要 

 この『中庸』という書物は、儒学の経典「四書五経」のうち、四書の一つに挙げられるものです。作者は、孔子の孫にあたる子思とされています。
 この書物と日本との関係を見てみますと、儒学は、江戸時代に幕府のお墨付きの学問でありました。その儒学の経典なのですから、この『中庸』が日本に及ぼしてきた影響は大きなものと言えるでしょう。そういった意味で、日本に生まれたのならば、中身を理解したい書物ではあります。

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中庸には儒学の奥義が書かれている

 しかし、『中庸』は書かれている内容が大変難しく、江戸時代などの儒学者の評価を見ましても、「儒学は、『論語』『大学』から入り、『孟子』で親しみ、『中庸』に極まる」といったような評価が散見されます。このように『中庸』は四書のうちでも比較的難しい書物であるのです。
 とはいえ、それもそのはずで、『中庸』は、儒学と仏教や道教老子学派)との違いに着目して、後に編集された書物であるからです。このようなわけで、自然とその内容も難しくなっているのです。
 なぜなら、仏教や道教は、「存在そのもの」の意義に迫るような、精緻にして哲学的な思想であるからです。このため、そういった奥深いところでの違いが、『中庸』では述べられているのです。
 これは逆に言えば、『中庸』を理解できれば、仏教や道教儒学の違いが分かるということでもあります。
 こういったわけですから、『中庸』を理解することは、大変に重要なことと言えるでしょう。

 

難解なことを分かりやすく翻訳

 そこで、今回は、前回の『大学・現代語訳』に引き続き、「漢文」を外国語と割り切って、『中庸』を平易な現代語に訳出してみました。この上で、読者の方の理解を助けるため、適宜、見出しを付け、必要最低限での補足を加えました。また、伝統的な注釈である朱子の注釈を基調としながらも、これを現代風に工夫して改めました。
 このため、初めて『中庸』を読む方に入りやすい翻訳であるのはもちろんのこと、既に儒学に詳しい方でも、他の訳書と比較していただくことで、さらなる理解が促されるものになったと思っております。

 ※書き下し文は、巻末に抜粋のみが掲載されております。

 

『中庸 現代語訳』の目次

はじめに(上の掲載文と同じです)
中庸とは
この本の読み方
中庸朱熹章句
1章~12章 「中庸」とは何か
13章~15章 君子の行うべきこと
16章~19章 孝とは何か
20章    政治とは何か
21章~26章 誠とは何か
27章~31章 至誠たる聖人の道
32章~33章 再び「中庸」とは何か
付録 中庸章句序
付録 書き下し文の抜粋

 

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