平田 圭吾のページ

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『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)を読んで

25万部の大ヒットとその影響

かなり売れた本みたいだったので読んでみた。

恐らく、この本で「正義を盾にして人を責める人」が明らかにされたことにより、「モラルハラスメント」が世間で認知されたのではないかと思う。

モラルハラスメントについて詳しく知りたい方や、タイトルのような人のおかげで迷惑を被っている方は読む価値がある。

古典的なことではある

ただ、こういったやり方、つまり、相手の罪悪感を掻き立てることにより利益を得たり、相手を破壊するやり方は「暴力団」の常套手段でも有り、知っている人は知っている、けっこう古典的なやり方である。

というか、むしろ人間というのは昔から変わっておらず、『論語』でもこのやり方が批判されている。

論語・陽貨第十七より 「郷原は徳の賊なり」(地元の名士と言われる人は、いかにも廉潔の士であることを装っているのであるが、ことあるごとに余計なことに首を突っ込み、その真意としては自分の影響力と利得を増そうとしているだけであり、これは徳を盾にして人を傷つけ、徳それ自体を傷つけてしまう者である。というのも、こういった人がいるために、本当に徳のある人が逆に疑われることとなってしまうからだ」(要は9割方の地方議員など政治家のこと)

 

困ったやつは改心しない

また、この本にも、こういった人に関わってしまった場合の対処法がいくらか書かれているが、「こういった人間は絶対に変わらないから、悔い改めるかもしれないという期待を持たないことが重要」とはっきり書かれている。これは実にその通りで、この点は実に評価できる。仏典のアングリマーラの話や、少し違うがパウロの改心などは、文字通り奇跡で、現実にはほぼ起こり得ないようなミラクルファンタジーなのだ。

 

困ったやつの見分け方

しかし、こういった人の見分け方については、少し重要な点が書かれていない。

というのも、こういった人は「ちょっとした過失でも絶対に謝らない」のである。ちょっとした過失でも謝らないというのは、例えば振り向きざまにひじが当たってしまったり、何らかの理由で待ち合わせに遅れた場合、普通なら、すぐに「あ、ごめん」という言葉が出るのだが、絶対に言わない。

あと、皆の前で「自分は負けず嫌いである」と公言する。遠回しに「オレは常に一番になりたいから遠慮しろよ」と、まさに遠慮せずに言っているということである。

最後、もう一個、「自分が不利な立場になると、何を言われてもとにかく黙りこくる(くせに、調子のいいときは自慢話や恩着せがましい話ばかりする)」という特徴もある。黙っていれば謝らなくて済むし、自分に非があっても最低でも引き分けで自分は負けないからだ。

この三つ、あるいは一つでも当てはまったら、かなりタチの悪い人間である可能性が非常に高いので、絶対に関わらないことをオススメする。

 

意識せずにやっている人も大半

また、こういったこと(モラハラ)は、意識せずにやっている人も多く、この本を読んだのに、一度も「自分も過加害者かも知れない」とさえ思わない人や、あるいは、この本を読んで喜んでいる程度の人は、自分も加害者であることをよく理解したほうがいいだろうと思う。

こういった破壊衝動に伴ったストレス発散や八つ当たりは、誰もが少なからずやっていることであり、私が善良な人に間違いないと判断する場合でも、かなりやっている人は多い。

この本の著者だって、こうやって「モラハラ野郎を暴くこと」によって、モラハラしているに過ぎない一面もある。とはいえ、これは難しいところで、この本を読んで、「モラハラ野郎」からの被害に気づく人もいるだろうし、そういった人間を批判しなければ、そういった人間がのさばることになってしまう。この判断は実に難しい。

 

モラハラ野郎を暴くことは慎重に

また『論語』に戻ると、「子曰く、詐りを逆(むか)えず、不信を億(おもんぱから)ず、抑(そもそも)亦(また)先に覚る者は是れ賢か」(これは詐術ではないかと疑ってかかることなく、相手が本心とは別のことを言ったりやったりしているのかと憶測することなく、その人の真意が自分の利益と相手の破壊なのか、あるいは純粋に相手や皆の利益のみを考えているのかを知ることができるならば、これは賢者である)とあり、これは賢者のみが正しく判断できる非常に難しいことなのだ。この「非常に難しい」ということは、自分のためにも、実に弁えるべきことと思う。

 

他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)を入手して困ったアイツへの対策を立てる

 

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『多数決を疑う――社会的選択理論とは何か』 (岩波新書)を読んで

多数決は正しいのか?

多数決という採決システムが果たして民意を反映するものなのか?

この問を中心にして話が進んでいく。

 

多数決の脆弱性

多数決の欠陥が大きく現れる事例は、一言で言えば、分裂選挙だ。前々回の都知事選では、舛添氏、細川氏、宇都宮氏が、並び立ち、「反原発」という焦点においては、舛添氏は負けていた。しかし、細川氏と宇都宮氏の両氏が「反原発票」を分裂させ、このことによって反原発分裂選挙となり、結局、舛添氏が都知事になった。

今思えば、細川氏を小泉氏が応援したのは、票を割らせるためだったと考えると、いかにも自民党のやり方らしいとも言える。若干余談は入ったが、多数決という方法には、三人以上の候補から一人だけを選ぶ場合において、このような脆弱性があるわけである。

 

民意の反映を目指すのが社会的選択理論

上の例は、私の考えだけど、このような分裂選挙において、民意が反映されない可能性をどのように排除していくのか、ということを考えるのが、この本であり、社会的選択理論と呼ばれる学問分野である。

 

本の内容

主権とは何かということを、主に、ルソーの社会契約論を基調としながら説明し、これに絡める形で、その社会選択理論が正しいのかということが検証される。

社会選択理論自体は、ほとんど数学の世界で、途中途中は説明が理論的に不誠実と思われる部分も多々あり、せめて、「数学的に難解なので詳しい理論の説明は割愛する」という一言が欲しかった。これがあれば、本の評価ももう少し高かったのだけど、岩波新書は法律関係以外はイマイチということは既に分かっていることで、編集者の質が低いのだと思う。

ただ、多数決以外の採決方法があるということは、盲点だったので、その点では勉強になった。

 

具体的な多数決以外の採決方法

具体的には、ボルダルール、スコアリングルール、コンドルセの最尤法、アローの定理、64%多数決ルール、クラークメカニズムなどが紹介されている。

64%多数決ルールについてだけ説明すると、多数決であったとしても、全体の64%以上の同意が得られれば、分裂選挙のような弊害は発生しないと言う。だから、憲法改正国民投票は、民意の反映という観点からすれば、現在の過半数でなく、2/3以上の同意が必要であろうとのことで、これは実にそうであろうと思った。

そもそも、もし、改憲国民投票が今後行われることになったとして、投票率が50%以下で、賛成が52%で改憲ということになったら、どうなるのであろうか。国民の25%しか賛成を表明していないものが民意の反映されたもの、ということになってしまう。主権と、主権の表れとしての投票システムの問題は、今後も詳しく議論されていくべきだろうと思った。

 

多数決以外の決の使い所

あと、完全に個人的意見だけど、会社内での人事などでも、スコアリングルールによる投票を行うと、いろいろ有効だろうと思った。具体的には、「こいつだけは上司にしたくない」という-1点枠を作り、ここに誰の名前が書かれるかで、いろいろなことが分かりそうだ。もちろん、機械的には処理できない。賢人は嫌われるからである。-1点がどのような雰囲気の会社で、誰につくのか、ということをよく観察すれば、表には出てこない黒幕や縁の下の力持ちもすぐ分かりそうだと思った。

 

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『20歳からの金融入門』(日本経済新聞出版社)を読んで

金融の本物のプロ以外は必読

わかりやすいいい本だった。
実際に金融の仕事をしている以外の人、つまり金融のプロでない人は、一度は読むべきと思う。

具体的には、個人的に株などをやっていて「金融は知っているから良いよ」程度の人は、絶対にこの本を一度は読んでおいたほうがいい。多分、この本を読むと、ひとつは「あ、そうだったんだ、よく分かってなかった」と思うことがあるだろう。

 

簡単だが難しい仕組みも明瞭に記載

難易度としては、著者の方は、小学生でも読める本を目指したらしのだけど、多分、小学生の高学年のうち、クラスで1,2を争う子くらいなら理解できる内容と思う。
だから、ハイパワードマネー微分積分や高度な計算式も出てこなくて、読みやすいし、分かりやすい。 かと言って、金融で必要な基礎知識は、その仕組からしっかりと網羅されている。
金融関係の入門書としては、かなり良い本と思う。

 

この本で一貫して伝えられている金融の良い側面

あと、最も評価したいのは、金融の「良い使い方の側面」を強調していることだ。
金融は確かに使い方次第では、眠っているお金を市場に流通させて、多くの人を幸せにする。

 

一般的な金融へのイメージ(私の見解)

しかし、残念ながら、金融をやっている人の大半は、文字通りカネ目当ての人が多く、この「みんなを幸せにする金融という技術」を、「私腹をこやすための道具」程度にしか考えていないだろうと思う。
例えば、「株」と言った時、日本人のほとんどが、「儲けのでかいギャンブル」と思うだろうけど、実際にそういった目的、つまりは投機目的で「株」に手を出す人が大半である。
まあ、投機も自己責任でやってもらう分には問題ないけれど、それで儲かってしまって影響力が大きくなると社会へ悪影響を及ぼす場合もある。 

 

この本を読むと「株」への誤解が解ける

「株」を触ろうという人は、是非とも一度この本を読んで、「株」の本来の意味を再確認していただきたいと思う。
義心や廉恥心のある人ならば、「株」を「儲けのでかいギャンブル」もしくは、「私腹をこやすための道具」程度にしか思っていなかったことを恥ずかしく思っていただけるものと思う。

 

少し古い本なのでその点は注意が必要

ただ、書かれた時期が、リーマンショック直後ということもあり、金融に詳しくない私でも、「今は変わっているのではないか」と思う部分もあった。
アベノミクス規制緩和で、「株」の「儲けのでかいギャンブル」もしくは、「私腹をこやすための道具」という側面が強くなったのではないかと思うからだ。

 

安倍政権で株価が急激に上がったのはなぜか

あと、本の内容とは全く関係ない上に、世の中ではなぜかあまり言われないのだけど、民主党からの政権交代後の安倍内閣で、株価が上がった理由は2つあると思う。
ひとつは年金資金での巨額の買い注文、もうひとつ、nisa制度によって少額の買い注文が多く入ったことがあると思うのだけど、どうして、これらのことはあまり言われないのか。
買い注文が入れば株価は上がる。しかし、それは経済が良くなって株価が上がったわけではない。事実、私の知る限りだと、外国人投資家は日本株をそれほど買っていないらしいではないか。つまり、日本の企業価値が上がって、株価が上がったわけではなく、日本人庶民のなけなしの貯金が株に変換されたことにより、相場的に値段だけが上がったということだ。
このように、金融の簡単な仕組みを使えば、簡単にまやかしの数字を作ることもできる。

 

アベノミクスでは誰が一番儲かった?

ちなみに、この安倍政権下で株価が上がって一番儲けているのは、民主党政権の時に「既に株を大量に持っていた人」であり、簡単に言ってしまえば、「もともと庶民ではない人」である。みんなが幸せになるどころか、「もともと有り余っていた人」が、さらに私腹を肥やしたのが、アベノミクス規制緩和ではないか。

 

金融も使い方と使う人次第

「乱君ありて乱国なく、治人ありて治法なし」とは荀子の言葉で、私の好きな言葉でもあるのだけど、金融も例外なく、使う人次第、使い方次第だなぁと思った。

 

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